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今回の旅


久しぶりの日記 (2009.3.9[Mon])
  ずっと書いていなかった。
はっきり言って怠慢である。

なんか書こうと思ってもすぐに忘れてしまう私は、
忘れないうちに書く事にした。

ながらの臨時便への格下げやブルートレインの廃止など
ここ最近はネガティブな話題の繰り返しだが、
一方で鉄道ファンの社会的認知が高まっているのは、
感心している。

鉄道を残すには何が出来るか。
正直鉄道を残すことがどれほど大変か知る人は少ない。

・枕木
・レール
・踏切
・橋桁
・信号
・駅舎
・各種保安設備
・車両本体
・車両を動かすための動力源
・人員

ざっとイメージしてみればこんな感じになるだろうが、
鉄道は上記以上の物や人で動く合作なのである。

年間仮に8000万円売り上げたとしても、
上記の専門性を必要とする多々の資財を更新するのは
相当厳しいことが分かる。

いわゆる空気輸送でよく動くなあと考えれば、
従来は補助金の力と言えばよかったかもしれないが、
今は決してそうとは言い切れない。恐らく鉄道存続のため
死ぬ気で努力しているだろう。

私は、今全国各地の鉄道を調査している。
鉄道の未来のための好事例を発掘しつつ、
それがどのような影響を及ぼすのか、
じっくり研究してみたい。

その成果は逐次発信することになるであろう。

小田急砂利専用軌道 2009.3.8[Sun]
  前回の日記からまったく途切れてしまった
小田急砂利専用軌道だが、取り急ぎ追加の情報を掲載したい。

小田急砂利専用軌道は元々相武台前(かつての名前は「士官学校」)駅より磯辺鉱区をトロッコで結ぶ路線と、相武台前の区間を相武台下(かつての名前は「陸士前」)に切り替えた路線の二つからなる。

現在調査を継続しているのは相武台前から荒磯の合流までの区間がどのようになっているかについてだが、少なからず当時の陸軍士官学校の図中にトロッコのレールがあるのが分かった。

現在相武台前から陸軍士官学校までのトロッコの経路について分析中である。

相模線と砂利採取について (2007.5.17[Thu])
  この文章はまだ一部書きかけの項目があり、また全容調査は十分ではない。客観的論証及び検証が行われていない箇所もあることをお知らせしたい。

JR相模線と現在の相模鉄道は兄弟のような関係である。また、目的も砂利採取や神奈川県中部(相州)に鉄道を通すという部分で共通した点もあった。

JR相模線は、1927年12月に創業した相模鉄道により敷かれた路線である。この相模鉄道は現在の相模鉄道線を運営する相模鉄道(株)と同一であるが、この事情についてはサトウマコト氏の「相模線物語」「相鉄線物語」に詳しい。不況や、関東の鉄道の覇権に野心を燃やしていた五島慶太氏の株取得により、相模鉄道が存続会社になる形で神中鉄道を買収。昭和18年に相模鉄道相模線が国に買収される出来事はある種のドラマ性を帯びている。

相模線・相鉄線をつなぐもう一つの存在も忘れてはならない。小田急線である。戦前から相模川の砂利採取が禁止される昭和39年の少し前まで、小田急線は現在の東北沢まで砂利を運搬する重要な路線であった。同時に砂利採取業の一員としても重要な位置をはたしていた。

倉見より北進して相模川で採取する専用線も存在するようだが、現在の段階で地図の確保ができていない。南進して大きくUターンする専用線は確認できている。

電車に乗りたい! (2005.9.1[Thu])
  最近車ばっかり乗っちゃって電車に乗れない日々が続いています。どうにかならないものか?好きな映画も見られなくて超イライラかも。

でも9月10日は念願のつくばエクスプレスに乗れるかもしれないからワクワクだったりする。

このデータはテストだったりする (2005.8.29[Mon])
  テストです


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